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行儀の良さよりも「結果責任」を [反核・平和]

報道ステーションでの古賀茂明氏の言論抑圧告発事件について,再2度メモ.

この問題を新聞も取り上げた.6日の毎日は古賀氏とテレ朝の言い分の双方を相当詳しく伝えている.
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150406-00000005-mai-soci

これに対して,しんぶん赤旗は未だに記事としては扱っていない.同じ6日にコラム「きょうの潮流」で取り上げただけだが,そのスタンスはむしろ古賀氏に批判的なフレーズの方が勝っている.
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik15/2015-04-06/2015040601_07_0.html

やや古賀よりのフレーズ「安倍政権に辛口の言葉」があるものの,「視聴者への配慮も欠き違和感を覚えたとの声も」と,第三者の「声」に名を借りて古賀氏にネガティブな視線を投げかけている.しかし逆に,古賀氏の「生放送中に一方的に切り出すやり方」にむしろ快哉を叫んだ視聴者もいたはずで,私もその一人だ.

作家の室井佑月氏もその類のようで,週刊朝日2015年4月17日号の記事がネットで紹介されているが,次のように古賀発言を評価している.
「古賀さんの最終回は、緊張感に満ちていて非常に面白かった。ひょっとして、毎回こういう回がつづくのなら、上からの圧力を受けていても、バツグンの視聴率と手堅い番組支持者で、それを跳ね返せるんじゃないかと思った。」
https://www.facebook.com/shoichiro.ikenaga/posts/666809446798590
応援のクリック歓迎
3年ほど前の,普天間基地を市民が封鎖したとき,それを「封鎖」と報道しない赤旗に理由を電話で質問したら,「違法/合法のグレーゾーン」という返事が帰って来た.次のブログ記事を参照.
http://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2012-10-02

今回の件も,いわば行儀の良さを過度に偏重する「しんぶん赤旗」の姿勢が表れた結果ではないか.そのような構えでは,表現や行動の幅も限られる.そしてこの「危機の夏」をどうにもできないと思う.結果責任を自覚し,戦略・戦術を組み立てなければならない.(平和運動のはずなのに,どうしても戦争用語が・・・)

なお,古賀氏の「フォーラム4」については,もちろん反戦という意味では多いに評価するが,4つの象限に単純化する図式はいただけない.もちろんグローバリズムへの批判的視点も欠くように思う.
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4/17追記:「ニュース23」が外国記者の反応を紹介しています.「報道ステーションを応援する会」のツイッターから画像を借用します.「きょうの潮流」もこのような「声」も紹介して欲しかった.応援のクリック歓迎
https://twitter.com/ouenhst/status/588717527695380480
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寂静の矢

>コラム「きょうの潮流」で取り上げただけだが,そのスタンスはむしろ古賀氏に批判的なフレーズの方が勝っている.

そうは思えませんが。紹介されている「きょうの潮流」は全面的に古賀氏の立場に立っている主張だと思います。

私が今回の古賀氏の一件で、古賀氏を擁護乃至は英雄視する気になれないのは、以前の投稿で述べた理由以外にも、ある種の胡散臭さを感じるからです。胡散臭さというのは古賀氏に対してではなく、古賀氏を擁護乃至は英雄視している左派やリベラルに対してです。

例えば、左派系の政治勢力が政権を担っていて、左派的な政策がどんどん推進されていたとしましょう。そして古賀氏が、左派的な政策を推進しているその政権を報道ステーションでぼろ糞に批判していたとしましょう。また、古賀氏は安全保障政策の面では、海外に自衛隊を派兵して日本も戦争に参加すべきといった主張を報道ステーションでしていたとしましょう。原発問題に関しては、バリバリの原発推進論を報道ステーションで主張していたとしましょう。そして今回のような件が発生した場合、果たして日本の左派やリベラルは今回のように言論弾圧だと叫ぶのでしょうか?疑問です。

私が思うに、日本の左派やリベラルが人々から支持されない一つの理由は、多くの人々が左派やリベラルに対して、そういった胡散臭さを感じるからだと思います。ただ、ブログ主さんの気持ちも分かるので、ブログ主さんが個人的に古賀氏を擁護乃至は英雄視される事自体は否定しません。

安倍政権の支持率は未だに非常に高い【注1】ですが、内閣を支持する理由は、他に選択肢がないといった理由が最も多いです。つまり、別の言い方をすれば、左派やリベラルに比べれば、安倍政権や自民党の方がマシと多くの有権者が思っているという事です。

【注1】…【3月には東京で反安倍政権の大規模なデモがあったのにも拘わらず、NHKの世論調査では安倍政権の支持率は、3月の46%から4月の51%と支持率は上昇しています。また政党別の支持率でも、相変わらず自民党が他政党を圧倒しています。ちなみに、NHKの世論調査では維新の党の支持率が倍近く増えていますが、もしかしたら、維新のブレーンをした経験があり、新自由主義者である古賀氏の今回の件も影響しているのかもしれません】

それゆえ、私は前にも述べたのですが、安倍政権の揚げ足を取ることばかりに力を注ぐのではなく、自民党の政治的な対抗勢力である左派やリベラル自体が多くの人々にとって魅力的な政治勢力に成長する事に力を注ぐべきだと思います。どんなに安倍政権が(左派やリベラルから見れば)とんでもない政権であっても、多くの人々がそれでも左派やリベラルに比べれば安倍政権の方がマシと考えれば、安倍政権は倒せないからです。

国政選挙の選挙区で野党(民主、生活、社民、共産、維新?)間で強引に候補者を一本化すれば、安倍政権を倒せるかもしれませんが、そのやり方だと勝った後が大変です。そのやり方で成立した政権が、事あるごとに様々な政治勢力の間での意見の大きな違いから内紛を繰り返し、政権運営がままならなければ、やはり、自民党しか政権を担える政党は存在しないと多くの人々が思い、極端な話、半永久的に自民党政権の独裁が続くことにもなりかねません。

日本は民主制の国家で、主権は国民が持っているので、自分達の政治勢力の支持層を増やさない限り、政治闘争には勝てません。

by 寂静の矢 (2015-04-14 22:01) 

yamamoto

寂静の矢さん:「そして今回のような件が発生した場合、果たして日本の左派やリベラルは今回のように言論弾圧だと叫ぶのでしょうか?疑問です。」

「だから何?」と訊き返したいです.未来の想定・仮定される状況での対応が不確実だから,政権によるメディア抑圧批判はしても意味がない,とおっしゃりたいのですか?

反安倍の大規模デモが,どれほど正当に報道されたでしょうか?ほとんどの国民は知らないのではないでしょうか.メディア支配によって世論操作もなされる,そのようなファクターが非常に大きいと思います.

対抗措置として当ブログが主張するのが,NHK視聴者組合の結成や,「マスによるマスメディア」などです.
http://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2014-11-30

「安倍政権の揚げ足を取ることばかりに力を注ぐのではなく」とありますが,そんなことを言ったり,したりしているつもりはありません.敵失をみすみす見逃すべきではない,あるいは,民主主義の重要価値の侵犯を放置すべきではないと言っているのです.
by yamamoto (2015-04-15 00:10) 

寂静の矢

>未来の想定・仮定される状況での対応が不確実だから,政権によるメディア抑圧批判はしても意味がない,とおっしゃりたいのですか?

以前にも述べた事の繰り返しになるのですが、日本のマスコミ・ジャーナリズムの問題は、ただ単に政府からの圧力がどうたらといった問題ではなく、集中排除原則が徹底されていない、閉鎖的な記者クラブ制度、電波利権、新聞の宅配制度の問題など構造的な様々な問題を抱えています。日本の大手メディアは様々な利権によって保護されていますが、そういった利権があるからこそ、日本の政府はメディアを間接的にコントロールし易いという問題もあります。それゆえ、政権によるメディアコントロールの批判はそういった利権構造、メディア界、政界の界の構造を問題にしなければ、問題の本質を見逃してしまう事になります。

民主党政権は当初そういった構造を改革しようとしたようですが、大手メディアからの抵抗に遭い出来なかったようです。民主党政権がマスコミからあれだけ叩かれたのはそういった要因(大手メディアの利権構造を改革しようとした)もあると思います。つまり、政府(政治権力)と大手メディア(情報権力)は支配-従属といった単純な上下関係にあるのではありません。

本当の問題は、分かり易く言えば、政官財大手メディアの癒着構造、共依存の構造にあります。

>民主主義の重要価値の侵犯を放置すべきではないと言っているのです.

今回の古賀氏の一件が、民主主義の重要価値を侵犯しているものだと本当にブログ主さんが信じておられるのであれば、「だから何?」と仰るのではなく、例えば「信じて頂けないかもしれませんが、例えば、左派系の政治勢力が政権を担っていて、左派的な政策がどんどん推進されていて、そして古賀氏が、左派的な政策を推進しているその政権を報道ステーションでぼろ糞に批判していて、また、古賀氏は安全保障政策の面では、海外に自衛隊を派兵して日本も戦争に参加すべきといった主張を報道ステーションでしていて、原発問題に関しては、バリバリの原発推進論を報道ステーションで主張していて、そして今回のような件が発生した場合でも、私は古賀氏を擁護し言論弾圧に抗議します」といったようにご回答されるべきだったと思います。

私は、以前にも述べた事の繰り返しになるのですが、一般的な言論の自由と、国民の共有財産である電波を利用していて、かつ社会的な影響力が極めて大きく、かつ少数の人々にしか言論の機会が与えられていない地上波テレビでの言論の自由は別の次元の問題だと考えるべきだと考えているので【そうしないと、地上波テレビにレギュラー、或は準レギュラーとして出演する事が出来る少数の人々、或はテレビ局のプロデューサーや幹部、或は多額のスポンサー料金を支払う事が出来る大資本にとって都合のよい考え方しか反映されない社会になってしまい、そういった社会になることが民主主義的によきことだとは思えません】、今回の古賀氏の一件に関するメディア論的な観点からの認識はブログ主さんとは異なります。ブログ主さんと私の議論が噛み合わないのはその辺の認識の根本的な違いなんだろうなあと思います。

また、以前の投稿でも述べたのですが、戦前、日本のメディアが戦争を煽っていたのは、政府からの圧力があったからというよりは、戦争を煽った方が新聞がたくさん売れたからですが、今回の古賀氏の一件も政府からの圧力があったからというよりは、例えば、古賀氏の発言に関して視聴者からテレビ局や番組スポンサーに苦情の電話が殺到するといったような商業的な理由が大きいと思っているので、また、そもそもテレビ局の4月の番組改編で報道番組のコメンテーターのレギュレーションが変わるのは、当りまえにある事なので、その辺の認識もブログ主さんとは異なるので、ブログ主さんと私の議論が噛み合わないのだろうと思います。

>「安倍政権の揚げ足を取ることばかりに力を注ぐのではなく」とありますが,そんなことを言ったり,したりしているつもりはありません.

左派やリベラルが多くの人々に人気がないのは確かで(理由は色々あるでしょう)、それが安倍政権の高支持率にも繋がっていると思います。もしも、左派やリベラルが多くの人々から支持されていれば、社民党や共産党といった左派政党やリベラル系?の民主党の支持率はもっと高くなるはずでしょう。それゆえ、安倍政権、或は安倍政権的な力学を打倒するには、左派やリベラルは、左派やリベラルに対する人々の批判にも耳を傾け、改善すべき部分は改善していく必要があります。

それゆえ、「安倍政権の揚げ足を取ることばかりに力を注ぐのではなく、自民党の政治的な対抗勢力である左派やリベラル自体が多くの人々にとって魅力的な政治勢力に成長する事に力を注ぐべきだと思います。どんなに安倍政権が(左派やリベラルから見れば)とんでもない政権であっても、多くの人々がそれでも左派やリベラルに比べれば安倍政権の方がマシと考えれば、安倍政権は倒せないからです」と申し上げたのです。

上述の意見はブログ主さんに向けた意見というよりは左派・リベラル一般に向けた提案です。私も含めた左派・リベラル一般、個人個人がそういった努力をすれば、左派やリベラル、或は左派シンパやリベラルシンパ、或はどちらかと言えば左寄りの人々が大幅に増え、その事が自民党政権の打倒、或は自民党政権の暴走の抑止に繋がると思います。

一般的に日本の左派やリベラルは他者に対する批判ばかりで、例えば自民系の保守に比べると、自分達自身が多くの人々にとって魅力的な政治勢力に進歩、進化しようという発想があまりないように思えるので、「安倍政権の揚げ足を取ることばかりに力を注ぐのではなく」と申し上げました。但し、共産党はそういった努力はかなりやっていると思います。だからこそ、ここのところ、躍進が続いているのだと思います。

by 寂静の矢 (2015-04-15 22:08) 

yamamoto

ブログの一記事というものは何かの分野の総論ではありません.日々の一つのトピックに焦点を合わせているだけです.ここであまり一般論に深入りしたくありません.「左派のありかた」論も同様です.

「一般的な言論の自由と・・・地上波テレビでの言論の自由は別の次元の問題だと考えるべき」と言われていますが,公共メディアであるという制約以外に,具体的にどのように「別次元」なのでしょうか?
出演そのものが特権的であるから,自分の個人的な政治的な見解は述べてはいけない,という意味でしょうか?もしそうなら,同時に「政治的」という言葉の定義の問題も生じます.またそれは非常に窮屈な話のようでもあります.

by yamamoto (2015-04-16 22:09) 

寂静の矢

>「一般的な言論の自由と・・・地上波テレビでの言論の自由は別の次元の問題だと考えるべき」と言われていますが,公共メディアであるという制約以外に,具体的にどのように「別次元」なのでしょうか?

例えば、ネットの場合はかなり多くの人々に言論・表現の機会がありますが、地上波テレビの場合はそうではないでしょう。

社会的な影響力も例えばネットと地上波テレビとでは全然違います。ネットの場合は、人気の高いブログでも一日の平均アクセス数はせいぜい数千といったところで、しかも全文をしっかりと読む人々はそれ程多くないでしょう。かつ、例えば、左派系のブログを見る人々の大多数は左派系の人々で、左派系の人々に対してしか影響を及ぼす事が出来ないので、世論形成に対する直接的な影響力は殆ど0%だと思います【但し、ネットは基本的に口コミメディアなので、うまくやれば、世論形成に対して間接的なプラスの影響力(自分が望ましいと思っている方向への影響)を多少及ぼす事が出来るとは思いますが。もっとも、下手なやり方だと、世論形成に対して間接的なマイナスの影響力(自分が望ましいと思っている方向とは逆の方向への影響)を及ぼしますが】。

それに対して地上波テレビの場合は、視聴率が1%の番組であっても、日本であれば約100万人もの人々がその番組を視聴していて、かつ、様々な政治的な考え方を持つ人々に影響を及ぼす事が出来、しかも情報を取り扱うプロが組織的に情報を生産し発信するので、地上波テレビの世論形成に対する影響力は絶大なものがあります。

それゆえもしも、一般的な言論の自由と地上波テレビでの言論の自由を同一次元の問題だと考えると、やや極端な言い方かもしれませんが、多額のスポンサー料金を支払う事が出来る大資本、或はテレビ局のプロデューサーや幹部、或は地上波テレビにレギュラーや準レギュラーとして出演する事が出来る少数の強者にとって都合のよい考え方しか反映されない社会になってしまいます。

>出演そのものが特権的であるから,自分の個人的な政治的な見解は述べてはいけない,という意味でしょうか?もしそうなら,同時に「政治的」という言葉の定義の問題も生じます.

地上波テレビは国民の共有財産である電波を利用していて、かつ社会的な影響力が極めて大きく、かつ少数の人々にしか言論の機会が与えられていないので、言論や表現に何らかの制約【例えば、番組で必ず両論を取り上げる事を義務付け、違反した場合は何らかのペナルティを課す、など】がかかるのは仕方ないと思います。但し、もちろんその制約がどういった内容や質のものであるべきなのか、或は望ましいものであるのかといった事は大いに議論の余地があります。

ただ、その制約がどういった内容や質のものであるべきなのか、或は望ましいものであるのかといった事の議論は簡単に結論がでるような単純な問題ではない【例えば、ブログ主さんも仰っているように、当然「政治的」という言葉の定義の問題も生じます】し、ブログ主さんも「ブログの一記事というものは何かの分野の総論ではありません.日々の一つのトピックに焦点を合わせているだけです.ここであまり一般論に深入りしたくありません.」と仰っているので、ここでそういった議論はしない方が良いでしょう。

>またそれは非常に窮屈な話のようでもあります.

そりゃまあ、多額のスポンサー料金を支払う事が出来る大資本、或はテレビ局のプロデューサーや幹部、或は地上波テレビにレギュラーや準レギュラーとして出演する事が出来る少数の強者にとっては非常に窮屈な話なのでしょう。私は、現実的に可能なのかどうなのかは別として、地上波テレビ局から放送免許を取り上げて、地上波テレビ局が占有している電波帯域を全て無線インターネットに開放した方が良いのではないかと思っています。そうすれば、上述のような問題も発生しませんし、言論・表現の機会の均等に関して公正だと思います。

by 寂静の矢 (2015-04-17 23:01) 

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