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社会評論の短文を転載 [反核・平和]

DSC_8049.jpg昨年末の記事の「社会評論」短文ですが,次の号が出て旧号になったので,出版社の許可を得て転載します.応援のクリック歓迎
http://pegasus1.blog.so-net.ne.jp/2015-12-31
1401577.gif5/7追記:本文中数カ所に関連記事へのリンクを設置しました.
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[巻頭エッセイ] →誌面イメージ

戦争法,どうすれば阻止できたのか
         豊島耕一(元佐賀大学理工学部教授)
戦争法が国会を通過したことにされてしまったのは重大な敗北である.問題は今回の運動の総括の仕方だ.避けるべきは,かつてない規模で,また多様な新しい形の運動が行われたことだけを取り上げて,まるで勝利したかのような言説で終わってしまうことだ.これでは敗走を「転進」と呼んだ旧軍部と同じだ.プラスの面を正当に評価し,自らのエンパワーメントにつなげるのは当然だが,なぜ負けたのか,どうしたら勝て「た」のかを(あるいはもともと勝つ見込みはなかったのかを),深く,多面的に分析しなければならない.これには想像力が必要で,また骨の折れる作業だ.

ある野党系の女性地方議員に「総括が重要ですね」と話しかけたら,「今回は総括と言っても,結局は議席数の問題だから,次の選挙が重要」という反応に驚いてしまった.もしそのような立場なら「絶対に止める」というスローガンは単なるお題目だったということになる.尤も,彼女に限らず運動の参加者の多くが,程度の差はあれ阻止することははじめから無理で,運動の重点は法案の問題点を広く知ってもらうことだと思っていたのではないか.

実際,阻止が非常に難しかったことは論ずるまでもない.しかしわずかな可能性でもこれに「賭ける」という態度を取るかどうかは大きな分かれ目だと思う.それによって力のはいり方,頭の使い方が変わってくる.

それではどうすれば勝てたのか,なぜ敗北したのかということだが,最終盤の国会周辺での闘いに限って言えば,「最後の一押し」が足りなかったということではないか.ヒントは,今や安倍チャンネルとなったNHKニュースで記者が繰り返し,「連休まで延びれば不測の事態が予測される」と,法案が不成立になることを危惧していたことにある.つまり「最後の一押し」とは,国会審議そのものを遅延ないし阻止する非暴力直接行動である.直接行動を含まない抗議では,それかいかに大規模であろうとも安倍首相がこれを意に介さないことは十分に予想出来た.つまり従来戦術では敗北は十分に予測出来たのである.

直接行動は小規模には横浜公聴会会場前の路上,それに参院委員会室の廊下で実行された.これがさらに国会周辺の数万のうちの「わずか」数パーセントの人々によって,例えば国会や議員会館入り口の非暴力的な封鎖が実行されていたら,情勢は大きく変えられたと思う.逆に,野党議員は,山本太郎氏を除いて「牛歩」さえやらなかったが,これはほとんど裏切りだ.

沖縄・シュワブゲート前では,人々が自らの憲法的権利を守るために,工事車両などに対するゲート封鎖を試みている.国会による憲法を破壊しようとする試み(違憲立法)に対しては,それが明白かつ重大である以上,それを阻止する行動は,シュワブゲートの場合に比べてもその必要性はより大きいことはあっても決して小さいということはないはずだ.その理論的,法的根拠を求めるとすれば #憲法保障 の一環としての #抵抗権 というキーワードが役に立ったはずだ.「憲法より礼儀が大事」という,さいたま市立指扇中学校・新井敬二郎校長の主義に従うのでない限り,あらゆる非暴力の抵抗形態が選べたはずだ.

私は7月初めの衆院議決直前の頃から,国会封鎖行動の必要性をブログで繰り返し主張していたが(ペガサス・ブログ7月5日参照),最終盤の9月14,15日は自ら国会前に行って,集会に参加している人たちに200枚足らずのビラを撒いて,このことを訴えた.万を超える人数からすればプールにインク一滴だろう.携帯番号やメールアドレスも記していたが,反応が一つもなかったのには落胆した.

道路封鎖のような行動に対してはメディアはふつう「過激」などという表現でネガティブな伝え方をするが,横浜の場合は明らかに違っていた.いくつかの新聞が写真入りで好意的に扱っていた.国会に議員を戻さないという行動にもかかわらずである.このことも国会周辺での直接行動の有効性を示唆するものだろう.しかし国会正門(議員はほとんど通らないという意味で実質は裏門)での集会はほとんど「礼儀が大事」というスタイルだった.ただ,4年前の反原発運動の時は,指導者はデモ隊が車道に出ることさえ禁止していたが,今回は参加者が自発的に車道を数回にわたって占拠し,リーダーはそれを容認した.これは大きな進歩だろう.

わずかな字数だが今後のことに移ろう.右に述べた非暴力直接行動は世界の市民運動ではふつうに行われていることで,むしろ日本がガラパゴス状態だろう.「行為によるプロパガンダ」としての説得力を持ち,同時に運動する人々の「エンパワーメント」につながる重要な行動形態である.原発再稼働阻止でも今後広がって行くだろう.また,NHKニュースをそのまま信じる人が多数いる状況でインフォームド・デモクラシーに近づけるには,独立した情報頒布と人々のメディア・リテラシー向上が欠かせない.その戦術の一つとして「マルチチュード・メディア」ないし「誰でもメディア」*を提唱したい.ネットによる質の高いコンテンツ共有と,自宅のプリンタでのビラ作成,「ご近所配布」という,だれでもいつでも出来るメディア手段の活用である.
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2017.5.18現在,この記事の累積アクセス数は 465 です.(前後の6つの記事の平均が597)
* または「ご近所ポスティング」.
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