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金平茂紀氏の新刊-その2 [メディア・出版・アート]

kanehira.jpg4日の記事で金平茂紀氏の新刊「抗うニュースキャスター」を紹介しましたが,一部飛ばしながらもほぼ読み終えました.これはテレビはもちろんメディア関係者の必読書だと思います.金平氏はスジの通った人だという印象は持っていましたが,この本を読めば,スジが「通った」どころではない,筋金入りのリベラル知識人・ジャーナリストだと分かります.応援のクリック歓迎
彼は,往年のTBSのニュース番組「筑紫哲也NEWS23」の編集長と報道局長を務めたとのことですが,番組の後ろにいるのは年長の「お偉方」だろうと当時想像していましたが,ずいぶん若い人が作っていたのですね.これはテレビに特有のことかも知れませんが・・・.

最終章「日本のテレビ報道でいま何が起きているのか—メディア危機の日本的諸相」(247ページ)から少し紹介します.
まず,270ページ冒頭の,この数年のテレビと政権の癒着ぶりを例示する部分の前置きです.(アンダーラインは引用者)
危機の本質はメディアの内部に
ここであらためて自問する。危機の本質は、強権的な現政権からの介入・規制強化にあるのか、と。僕はそのように思っていない。危機の本質は、メディア内部に生起している自主規制・付度・萎縮にこそあり、さらには自発的隷従へと突き進む僕らメディアの側の姿勢にあるのだと。前に示したこの三年のテレビと政権との間に起きた事例リストは、実は危機の半面しか示していない。以下に示すのはもうひとつのリストである。ただし、メディア幹部と首相の会食はあまりに頻度が高く書ききれないのでここでは割愛する。
これと同様の指摘が,先輩テレビマンの言葉を引用する形で述べられています.281ページからの,一番最後の部分です.
たいまつを受け継いで

田氏解任後の六八年四月二四日、TBSのスタジオで労組主催の緊急ティ—チインが開かれた。局のスタジオを使ってシンポジウムを開くなど今ではちょっと考えられない。その冒頭で、TBS報道局員(当時)の萩元晴彦氏(同年TBSを退職、テレビマンユニオンを設立。二〇〇一年九月死去)が述べたという言葉が残されていた。

今度の闘争は放送の自由を守る闘いと言われていますが、守る闘いではなく、むしろ攻めとる闘いだと思っています。闘争というからには敵があるわけで、敵が何かというと、我々は、政府自民党とか資本とかそういう外部の敵の存在をはっきりと認めた上で、むしろ内部の敵と闘うことが我々の本当の闘いの一つだと思っています。内部の敵とは、僕らの内にある、仕事に対する或いは人生に対する後衛的な考え方一切をひっくるめたものです。たとえば説明的映像、サラリーマン的自己規定、公正中立の幻想、ニュースエリートの感覚、教条的闘争、良心的番組を守れというスローガン、スポンサーの圧力という自己弁解、絵になる・サマになるという考え方、中途半端な連帯、テーマ主義、パターン化した方法、テレビ芸術という意識、現在不在のニュース、視聴率万能と軽視、良き時代まで堪えて待てという発想・・・・いくらでもあるわけですが、こういう考え方が敵ではないと考えている人々を(敵に)含めて我々は闘争を進めていきたいと思います。(今野勉『テレビの青春』より)。

すごい。萩元氏の言葉には普遍的な問いかけが含まれている。だから今これを読んでもテレビの現場のこころある人間たちはぎくりとする筈だ。だが当たり前のことだが、私たちは今一九六八年を生きているわけではない。二〇一六年を生きている。ただ確認しておかなければならないのは、政治権力というのは、このようなことを現にやってきたし、これからもやるおそれがあるという認識を共有することだ。状況は変わった。例えば六八年当時は、労働組合が非常に強い力を持っていた。民放労連や日放労といった組織が横につながって、放送人の連帯を下支えしていた。学者たちもメディアの現場を支えていた。今の労働組合はそのような存在ではないだろう。放送人の連帯感が欠知したなかで、決して若くはない僕らTVキャスターたちが声を上げた理由は、放送の自由・自律・独立がいかに致命的に大事かを、これまで記したように体で覚えているからだ。

僕らはテレビ報道の現場にいた多くの先人たちの声を聞いてきた。ここに紹介した田英夫氏が二〇〇九年に他界した際CSのTBSニュースバードという有線チャンネルで放送された追悼番組に出演したTBS元報道局長の太田浩氏もそのひとりである。太田氏は田氏とともにいわば「同志」として「ニュースコープ」編集長として、ともに歩んできた人物だ。その太田氏が非常に重要な発言を番組中で行っていたことを覚えている——「田さんはあの時やめるべきではなかった」。もうひとり、二〇〇八年に他界した筑紫哲也キャスター。最後のテレビ出演(二〇〇八年三月二八日)の「筑紫哲也NEWS23」の名物コーナー『多事争論』で「変わら必ぬもの」とのタイトルで、がんを患った極限の体調のもとで遺言のように残していった。「力の強いもの、大きな権力に対する監視の役割を果たそうとすること。とかくひとつの方向に流れやすいこの国で、これはテレビの影響が大きいんですけれども少数派であることをおそれないこと。多様な意見や立場を登場させることで、この社会に自由の気風を保つこと。それを、すべてまっとうできたとは言いません。しかし、そういう意思を持つ番組であろうとは努めてまいりました」。筑紫さんがそのあとにさりげなく言ったのがこの言葉だ——「たいまつは受け継がれていきます」。・・・たいまつは受け継がれていますか?僕は、自分自身とあなた方に問いかけているのだ
              (『現代思想』2016年7月号)
昔の映画紹介記事映画「Vフォー・ヴェンデッタ」はすばらしいポリティカル・ファンタジーの中で引用した主人公の言葉「罪ある者を探すなら,鏡を見よ」にも通じることでしょう.
「自主規制・付度・萎縮」という負のサイクルは,メディア界だけでなく,大学界,産業界,およをあらゆる組織,職場で共通する問題でしょう.
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